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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)4786号 判決 1958年3月11日

原告 山田光男 外四名

被告 国

訴訟代理人 麻植福雄 外二名

主文

原告等の請求はいづれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は原告ちよに対し金六十六万千四百十二円十一銭その余の原告等に対し各金三十三万七百六円六銭竝びに右各金員に対する昭和二十五年四月十一日以降完済に至る迄年五分の割合に依る金員を支払え訴訟費用は被告の負担とする」との判決竝びに仮執行宣言を求め、その請求原因として

「一、訴外山田瀬兵衛は戦時中甲重工業株式会社を経営し大阪造兵廠と取引関係があつたが終戦直後大阪造兵廠白浜製造所長湯浅太郎保管中の鉄材等の内聯合軍接収未決定の鋼材九百四十七屯余の払下げを受けたところ、右は湯浅太郎が業務上保管中のかかる資材につき払下その他の処分をする権限がないのに瀬兵衛は同人と共謀し払下名義下に前記鋼材を不法に搬出して之を横領したものとして、起訴され昭和二十四年十二月二十一日大阪高等裁判所に於て、懲役三年執行猶予三年の判決をうけ右判決は同二十五年四月十一日上告取下げにより確定した。

二、之よりさき大阪地方検察庁は昭和二十二年(この点につき原告は昭和二十四年と主張しているけれども二十二年の誤であることは口頭弁論の全趣旨から明かである)十二月九日前記被告事件の証拠物として前記鋼材等を押収したが同二十三年九月十三日大阪地方検察庁に於て取調中押収にかかる鋼材を産業復興公団に売却することを条件として瀬兵衛に還付し同人は之を右公団大阪支部に代金百九十八万四千二百三十六円で売却し右公団振出の右売却代金を額面とする小切手を受領したところ同人は同年十月十三日右小切手を誤つて大阪地方検察庁に任意提出したので同庁は之を領置するに至つた。然しながら前記鋼材の搬出の後である同二十一年二月陸軍兵器本部長の委任を受け払下げ等の権限を有する大阪造兵廠物品会計官吏が搬出した前記物件を訴外湯浅太郎の提出したリストにより遡及して同官吏の名に於て正式に払下げる旨の契約をなし瀬兵衛に対し代金の支払を指令したので同月四日附の送金小切手を以て七十五万四千三百四十六円九十一銭同年三月二十日には三十八万二千二十五円を払込み改めて出荷伝票を受取りここに右払下物件の所有権を取得した。右の如き事情により前記の如く大阪地方検察庁は同二十三年九月十三日押収に係る鋼材を産業復興公団に売却することを条件に瀬兵衛に還付したものであり前記押収物換価代金も亦当然瀬兵衛の所有に属するから前記確定判決にあつても何等没収又は還付の宣言が為されなかつたものであつて右押収物換価代金は刑事訴訟法第二百四十六条により押収を解かれ差出人に還付さるべきものであり瀬兵衛は所有権に基き之が返還を求め得べきところ同人は同二十五年五月十六日死亡し原告等即ち同人の妻ちよ長男光男次男暹長女野沢美代子次女田中澄子が相続により相続分に応じ右換価代金の所有権を取得したから原告等は所有権に基き之が返還を求め得べく仮りに被告が之を保管中誤つて国庫に収納したとしても被告は法律上の原因なく原告等の財産により利益を受け原告等に右換価代金と同額の損失を及ぼしたものであるから原告等は不当利得返還請求権に基き之が返還を求め得るものである。仍て被告に対し原告ちよは六十六万千四百十二円十一銭その余の原告等は各三十三万七百六円六銭及び右各金員に対する前記刑事判決確定の日である昭和二十五年四月十一日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合に依る損害金の支払を求める。」

と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、「原告等主張の請求原因事実のうち、訴外山田瀬兵衛がその主張の頃軍需工業を経営し大阪造兵廠と取引があつたところ瀬兵衛は同造兵廠白浜製造所長湯浅太郎保管の国有である鋼材九百四十七屯六百二十瓩を同製造所木津川倉庫から払下名義下に搬出した事実右の搬出行為は湯浅太郎がかかる資材につき払下その他の処分をする権限がないのに山田瀬兵衛と共謀して払下名義で不法に搬出したものであり右両名共謀の上前記鋼材を横領したものとして起訴せられ原告主張の日大阪高等裁判所に於て原告主張の如き有罪判決があつたが同判決には領置金没収、被害者還付の言渡はなかつた事実大阪地方検察庁は右被告事件の証拠物として前記鋼材等を押収したが之が保管に不便である為右鋼材は代金百九十八万四千二百三十六円三十四銭で売却され。右換価代金支払の為同公団が振出した小切手を瀬兵衛が任意提出した為同検察庁は之を領置した事実、瀬兵衛が原告主張の日死亡し原告等が瀬兵衛とその主張通りの親族関係にある事実は認めるがその余の事実は否認する。

訴外瀬兵衛には前記鋼材の所有権はなく従つて大阪地方検察庁が右鋼材を産業復興公団に売却することを条件に瀬兵衛に還付した如き事実はない。即ち山田瀬兵衛湯浅太郎等に対する業務上横領被告事件についての前記大阪高等裁判所言渡の有罪判決は瀬兵衛については同二十五年四月十四日湯浅太郎等共謀者については同二十八年五月七日いずれも確定を見るに至つたのでここに山田瀬兵衛は共犯者湯浅太郎が第一復員省復員官として業務上保管中の軍需資材等をその権限なくして払下げた際右の事実を知り乍ら同人と共謀してその払下げの相手方となり国有の前記鋼材等を搬出横領したものであり従つて右鋼材等の所有権は依然として国に属するものなることが明かになつたので大阪地方検察庁は同二十九年七月八日本件換価代金を被害者国(大阪造兵廠の承継機関たる厚生省引揚援護局)に還付し厚生省は之を歳入として国庫に受け入れたものであつて原告等の請求は失当である」と述べた。

証拠<省略>

理由

訴外山田瀬兵衛が終戦直後大阪造兵廠白浜製造所長湯浅太郎保管の国有軍需資材である鋼材九百四十七屯余の払下げをうけたこと(但し右払下げが適法になされたものであるか否かは争がある)および湯浅太郎に於て、右の軍需資材につき払下げその他の処分の権限がないのに山田瀬兵衛は湯浅と共謀して払下名義で右鋼材を不法に搬出し之を横領したものとして起訴せられたものなるところ、之より先大阪地方検察庁が右被告事件の証拠物として前記鋼材中押収したものが産業復興団に売却され右換価代金支払の為同公団が振出した小切手を瀬兵衛が任意提出し同検察庁は之を領置した。しかるに右被告事件について大阪高等裁判所に於て原告主張の如き有罪判決があり該判決は確定したが同判決には前記領置金について没収被害者還付の言渡はなかつたこと、並に瀬兵衛が原告主張の日死亡し原告等が瀬兵衛とその主張通りの親族関係にあることは当事者間に争がない。

原告等は前記押収物換価代金の所有権は訴外瀬兵衛に皈属すべきものであり原告等は相続によりその所有権を取得したものであると主張し成立に争のない甲第九号証乙第十号証乙第二十八号証の一乃至四によれば瀬兵衛が大阪造兵廠白浜製作所木津川倉庫竝に天満倉庫より搬出した鋼材等の代金として大阪造兵廠より合計七十五万四千三百四十六円九十一銭の納入を命ずる旨の納入告知書が発せられ瀬兵衛は右告知書に基いて昭和二十一年二月十四日大和銀行八百支店振出の送金小切手を以て右代金をば大阪造兵廠会計課に納入した事実は認めるに充分であるが右の代金納入が国有の軍需資材につき払下げ等の権限を有する大阪造兵廠物品会計官吏の名により正式の払下げ契約がなされその契約による代金納入の告知に基くものであると認めるに足る証拠なく却つて成立に争のない乙第一乃至第七号証第十二乃至第十三号証の一、二第十四号証第二十七号証の一乃至三と証人今田章同土井明正の証言を綜合すれば訴外湯浅太郎は終戦当時大阪造兵廠白浜製造所長の職にあり終戦後も残務整理に従事し同二十年十二月一日第一復員省復員官に任ぜられ大阪造兵廠白浜製造所及び同製造所大阪分室所属の天満木津川両倉庫に保管されていた軍需資材の出納その他の残務整理事務を統轄していたがその業務上保管の軍需資材については同年八月二十九日以降払下げ保管転換が禁止されているに拘らず当時前記白浜製造所大阪分室附分任物品監督者として軍需資材等の保管その他残務整理にあたつていた佐藤忠義に命じ右軍需資材の払げが禁止されていることを知りながら軍需工業より平和産業に転換を企図し軍需資材の払下げを希望していた山田瀬兵衛をして払下願書を提出させて同二十年十二月中旬頃から同二十一年一月末頃迄に前記大阪分室天満竝びに木津川倉庫に保管されていた鋼材等九百四十七屯余を払下名義で搬出させたこと右の払下げに関聯して殊更に瀬兵衛が同二十年八月二十五日右搬出物件を受領した旨記載した発行日時を同年八月二十五日とし白浜製造所大阪分室分任会計官吏佐竹同製造所長湯浅の捺印がある物品売渡伝票(乙第二十七号証の二、三)(但し右売渡伝票記載の代金額は瀬兵衛が戦時中大阪造兵廠の為立替えた資材の代金相当額として搬出品中特殊鋼の一部及び非鉄金属類の価格を控除する)等が作成され右が大阪造兵廠会計課調度係に回付されたが当時同係では伝票等の書類処理が遅れていた為払下げ手続が適法になされたか否かを精査することなく誤つて代金の徴集伝票を発行し売渡し伝票と共に之を計算係に交付した為計算係に於ては両伝票の金額と内容が符合することを確認したのみで前記の如き納入告知書を発行したことを認めることが出来る。然らば前認定の如く瀬兵衛が搬出した鋼材の代金につき大阪造兵廠より納入告知書が発せられ之に基いて瀬兵衛が之が代金を納入した一事を以てしては前記鋼材が適法に払下げられたものと認めるに由なく右鋼材の払下げは当時国有軍需資材につき払下げの権限の委任を受けていない湯浅太郎の出納命令により為されたものであり当該払下げ自体無効と云うほかなく瀬兵衛が右納入告知書に基いて払込を了した代金の返還を求め得るものであるか否かはしばらく措くとして瀬兵衛は搬出鋼材の所有権を取得するものではない。従つて亦右鋼材の一部が押収され之が換価されるに当り換価代金支払のため交付せられた小切手が瀬兵衛名義となつていても、それは手続の上での過誤にすぎないものであり又換価代金につき瀬兵衛等に対する業務上横領被告事件の確定判決に没収乃至被害者還付の言渡がなく改正前の刑事訴訟法第三百七十二条により一応の措置として当然差出人たる瀬兵衛に還付さるべきであるに拘らず被害者国に還付したことが手続上瑕疵あるものであるとしても右換価代金について瀬兵衛は所有権に基いて之が返還を求め得ないことは勿論である。

次に原告等の不当利得金返還請求に付き按ずるに、原告等は先代瀬兵衛が納入した前記七五四、三四六円九一銭の返還を求めるのではなく、前記換価代金一、九八四、二三六円三四銭が右瀬兵衛の所有に属するにかかわらずこれを検察官が国に還付し厚生省がこれを収納したことを以て国の不当利得となすものなるところ右換価代金は国有資材を売却したものにかかり従てこれまた国有なること既に説明したところにより明であるから原告等の右不当利得請求も理由のないこと明白である。

してみれば相続により瀬兵衛の権利を承継取得したとする原告等の本訴請求はいづれもその前提を欠くから失当として棄却すべく訴訟費用負担については民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 宅間達彦 松浦豊久 藤井正雄)

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